元巨人・槙原寛己さんが明かす「波乱万丈の株投資人生」 妻が命名したあだ名「カブソン」の由来とは

経済(総合) ライフ コラム・特集 友だち追加

引退後の本格的な投資と、数々の「経済ショック」の記憶

数々の危機を経験してきた

プロ野球を引退後、槙原さんは本格的に株式投資の世界へ戻りました。「投資の業界はプロ野球を引退しても、またいつでもマウンドに上がることができる」と、2001年頃から本格的に投資を続けています。
これまでの投資人生の中で、槙原さんは「ITバブル崩壊」「ライブドア・ショック」「リーマン・ショック」など、株価が大きく下落する数々の危機を経験してきました。 光通信の株やライブドア・ショックの際に、株の売り注文が殺到して値段がつかなくなり、何日も連続で「ストップ安(その日に下げられる制限いっぱいの価格になること)」になった当時の恐ろしさを語りました。槙原さん自身はたまたまその株を持っていなかったものの、「持っていた知り合いの投資家は、人間ってこんなに顔が白くなるんだというくらいの顔をしていた。何年かに1回はそういう大きな危機が起きる」と話し、危機に備えるための勉強の必要性を話しました。

さらに、2011年の東日本大震災のときのエピソードも告白しました。震災が起きる前、日経平均株価が下がると予想して「売り(価格が下がると利益が出る投資方法)」のポジションを持っていました。その後、震災が起きて株価が大きく下がったため、槙原さんの口座には大きな利益が出ることになりました。 しかし槙原さんは、「国が大変な危機になっているのに、自分は爆益になった。ニュースではとんでもない映像ばかりが流れている中で、自分の株はどうすればいいのか、いつ買い直せばいいのかと、感情が非常に大変なことになった」と当時の複雑な葛藤を振り返りました。結局、これ以上は耐えられないと途中で株を買い直して投資を決済しましたが、その直後に原発の問題が深刻化して株価がさらに大暴落したため、「もしそこまで持っていられたらもっと利益が出ていたが、あのときは少し非国民だなと自分を責めてしまった時期もあった」と当時の苦い思い出を振り返りました。

【動画視聴はこちら】「元金が減らない…」バブル金利8%超の住宅ローン地獄から震災での爆益まで。槙原寛己が明かす波乱万丈の株投資人生【あしたのマネー#48】

おすすめの記事

おすすめの記事

アクセスランキング

アクセスランキング

ページトップへページトップへ