元巨人・槙原寛己さんが明かす「波乱万丈の株投資人生」 妻が命名したあだ名「カブソン」の由来とは

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あしたのマネー

名古屋証券取引所とテレビ愛知が共同で運営するYouTubeチャンネル「あしたのマネー」に、元プロ野球選手で野球解説者の槙原寛己さんが出演。自身の約40年にわたる株式投資の経験について話しました。

【動画視聴はこちら】「元金が減らない…」バブル金利8%超の住宅ローン地獄から震災での爆益まで。槙原寛己が明かす波乱万丈の株投資人生【あしたのマネー#48】

「自分が買った瞬間に下がる」投資の悩みと勉強の大切さ

槙原寛己さん

投資歴約40年という長いキャリアを持つ槙原さんですが、今でも株の売買をするときに悩むことがあるといいます。「自分が買ったのを見られているのではないかと思うくらい、買った瞬間に株価が大きく下がる」と話し、「人生に試練を与えられているのだな」と感じると話しました。

SKE48の松本さんから「反省を生かして次は同じ失敗をしないぞ、とはならないのですか?」と質問されると、槙原さんは「そうなりたいと思っているが、大人になっても人間の根本は変わらない」と苦笑いしました。その上で、動画を見ている若い視聴者に向けて「これは笑って聞くのではなくて、しっかりと勉強して投資をやれば勝率が上がるので、勉強することはすごく大事」とアドバイスを送りました。

バブル現役時代の「金利8%以上」住宅ローン地獄

バブル期の金利は8%以上だった

槙原さんのプロ野球選手としての現役時代は、世の中が「バブル景気」に沸いていた時期でした。岡田アナウンサーから当時の株での儲けについて聞かれると、槙原さんは「当時は株よりも他の楽しいことがたくさんあり、株はあまりやっていなかった。ただ世間の情勢は非常に変わっていた」と振り返りました。
バブル期、槙原さんは若くして家を購入しましたが、その後に住宅ローンの金利が急上昇したといいます。金利は7%を超え、一番高いときには8%以上にまで達しました。 「1億円を借りていたら、金利だけで800万円も払わなければならなかった。元金が全く減らないので、自分は金利を払うためにマウンドでボールを投げているのかなと思った」と、当時の苦労を語りました。

また、バブル当時に土地の売買などで儲けた人たちが東京・銀座などで景気よく飲んでいた話を明かしつつ、「僕たちは車でお酒も飲めなかったので(誘いを)断れた。その辺はまだ助かったかもしれない」と振り返りました。株への関心については、「そんなに(株を)やらなくても、若いうちは野球を一生懸命やっていた方がいい。子どもが生まれてだいぶ経ち、余裕が出てきた時くらいからもっと興味を持つようになった」と話しました。
投資を続ける理由は「自分のお小遣い範囲で使えるお金を増やしたいから」とし、妻に文句を言われないお金を貯めておいて少しずつ金額を大きくしていったといいます。運用している金額について「高級車を買えるくらいの金額は絶対にやっている。それくらいやらないと儲からない」と明かした一方、「たまに(株が)はじけると、『もうちょっと追加融資お願いします』と繰り返している」と話して笑いを誘いました。

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