名古屋市が岩手県陸前高田市を「行政丸ごと支援」 東日本大震災から15年経過で終了へ 街の活気が課題

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名古屋市は、東日本大震災の発災直後から被災地支援に深く関わってきました。港区の港防災センターでは、岩手県の陸前高田市との深い交流を伝える展示が行われています。

陸前高田市は、震災による大津波で市街地の大部分を喪失しました。100人を超える市職員が犠牲となり、行政機能が完全にマヒするという絶望的な状況に陥りました。名古屋市は震災直後から職員を派遣し、救いの手を差し伸べました。その後も道路の復旧といったインフラ整備から、住民票の交付という細かな事務作業に至るまで、市役所の業務を包括的に肩代わりしました。

この「行政丸ごと支援」と呼ばれる取り組みで派遣された職員は、2026年3月11日までの15年間で延べ262人にのぼります。この支援は、2026年3月末で終了し、名古屋市の「行政まるごと支援」も一区切りとなります。

名古屋市から派遣された最後の職員に聞く

名古屋市から派遣された最後の職員、黒田輝さんに話を聞きました。

名古屋市から派遣された 黒田輝さん:
「(名古屋市の)支援があったからこそ、今の陸前高田があるっていうイメージを皆さんちゃんと持っていただいていて。(陸前高田市の)職員とか市民の方と関わる時に『名古屋市から来てくれてありがとう』って言われること自体が、積み上げてきたものなのかなと感じますね」

黒田さんは、2025年4月に派遣され、陸前高田市の防災課職員として、防災計画などの仕事を担当しています。津波警報などが出た時には、災害対策本部の運営をしてきました。

名古屋市から派遣された 黒田輝さん:
「2026年度は、発災が多かったので、実際に津波警報、注意報の災害対応をすることが多かったので、その部分で自分の経験になった」

非常時の対応をする中で、陸前高田市と名古屋市の「違い」を感じたといいます。

名古屋市から派遣された 黒田輝さん:
「(陸前高田市民は)津波警報が出たときにちゃんと逃げなければいけないというイメージがあるので、その時でも最大で1000人近くの人が避難していたので、被災している自治体だからこそ、地震や津波が起きた際の対応は(市民が)自分で理解していると感じた。防災課の職員はもちろん防災の仕事をしているので、誰よりも意識があるが、その他の職員も地震が起きたとか、津波警報が出たとかは、もう本当にその時はすぐにこう参集して対応をしてくださる方々ばかりなので、そこら辺の職員の意識も違うのかなっていうふうには感じています。一番名古屋では難しいところではあるんですけど、市民の方々の意識、あとは職員の意識も大切なので、そこをいかにどう考え変えていくかっていうのが大事かと思いますね」

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