【愛西・目比川水害50年】「まさかあそこが…」元職員が語る堤防決壊の教訓と備え

地域 天気 友だち追加

2026年9月8日、名古屋市周辺を激しい豪雨が襲いましたが、今から50年前、愛西市では大雨によって川の堤防が決壊する大規模な水害が発生しました。当時、災害対応に当たった元職員の方に話を聞きました。

雨で増水した川。旧佐織町、現在の愛西市を流れる目比川です。

恒川幸之助さん:
「ちょうどあの時もこんなふうだったね。ポンプ場が向こう側にあるでしょ。その上だったと思う」

こう振り返るのは恒川幸之助さん83歳です。当時旧佐織町の職員でした。秋雨前線の影響で雨が降り続き、1976年9月9日夜町内を流れる目比川の堤防が幅20メートルにわたって決壊しました。堤防の決壊で犠牲者はいませんでしたが、海抜0メートル地帯に位置する旧佐織町では床上・床下浸水した家屋が合わせて1538戸にも上りました。水は一週間ほど引かなかったそうです。恒川さんたち職員は発生直後から不眠不休の対応に追われました。

恒川幸之助さん:
「暗かった。だからそれだけ降ってるから、職員は現場に散って、総動員でやったもんだね。ええっと思ったもん僕らも。まさかあそこが切れると思わんかったから」

水害の爪痕は、今も町内に残っています。決壊現場近くの旧佐織郵便局の脇に設置された一枚のプレート。その高さは約70センチです。恒川さんは当時の新聞や川の水位を観測した記録を今も大切に保存しており、この記録が公式の「災害の記録」の元になりました。

水害から50年がたち、当時の被害を知らない人も多くなる中で決壊現場近くの公民館では教訓を伝えようとパネル展が開かれています。恒川さんは日頃の備えの大切さを訴えます。

恒川幸之助さん:
「貴重品とか、身の回りのものはできるだけ整理しといて、すぐに持ち出せるようにしたらいいかなと」

【検証】東海豪雨に迫る大雨…1976年の愛西市・目比川決壊はなぜ起きたのか

一宮観測所と津島観測所

1976年の目比川決壊はなぜ起きたのか、当時の雨量データから検証します。愛知県が独自に設置している雨量計、水害が発生した1976年9月8日から9日にかけての2日間では最大24時間降水量が、一宮観測所で328ミリ、目比川の近くに設置されている津島観測所、392ミリ。東海豪雨の際に名古屋で観測された雨量に迫るほどの雨となったのです。では、その当時、日光川と目比川、何が起きていたのでしょうか?

この地域では、本流である「日光川」に対して、支流の「目比川」が合流する地形となっています。当時、300ミリ以上の雨量が降ったことによって、まず、本流の日光川が増水します。支流の目比川の水が増水によって日光川に流れ込めなくなるのです。

おすすめの記事

おすすめの記事

アクセスランキング

アクセスランキング

ページトップへページトップへ