「死んだ人を乗り越えちゃって」豊川海軍工廠への空襲を経験 96歳が語る悲惨さ 語り継ぐ女子高生の思い

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今も胸を締め付ける「消えた友人」の記憶

当時の光景

その日は住んでいた寮に帰りましたが、同じ部屋でいつも隣で寝ていたゲンちゃんという女の子の姿がありませんでした。

小田さん:「『なんでゲンちゃんどうしちゃったのかな』と思ってね。でもゲンちゃんの親がすごい探しに来ましたよ。だけど見つからなかったよ。なんか吹っ飛んじゃったのです。なんかそれすごく悲しいですね。それ思うと今でもすぐ涙ぐんじゃいますね」

小田せつさん

わずか15歳で壮絶な体験をしたせつさんが、いま思うこととは。

小田さん:「戦争をしていいことなんて何もないよ。だけど今どこかでいつでも戦争しているじゃない。個人的な恨みはないけど、その場になると、戦争しちゃうじゃない。その辺にすごく矛盾を感じるけど、どうしようもないですね」

「加害の歴史も伝えたい」 18歳の高校生ガイドが継ぐ想い

丸山未夢さん

海軍工廠で起きたことを次の世代に伝えようと、空襲当時のせつさんと同世代の高校生が活動しています。高校3年生の丸山未夢さんです。丸山さんは豊川海軍工廠の跡地にある公園で、ボランティアガイドを務めています。

2年ほど前に見学した際、わかりやすく説明してくれたガイドに憧れて始めました。60代、70代が中心のガイドの中で、丸山さんは最年少です。

丸山未夢さん

丸山未夢さん:「戦争の話となると広島とか長崎とか被害のイメージが大きいと思うのですが、ここはここで作ったもので人を殺めていたという事実もあるので、加害者の面からしてもそういう学びが深められるのかなと思います」

丸山未夢さん

丁寧に説明していく丸山さんですが、思わず感情が込み上げる場面もありました。

丸山未夢さん

丸山さん:「市外・遠方からここへ学びに来てくれて、私本当に嬉しいです。ありがとうございます。またこれからも戦災の学習を続けていってください。日本が勝つと信じて頑張ってきた若い子たちが、結局そういうのを全部無駄になって亡くなってしまったという喪失感がすごく込み上げてきます」

丸山未夢さん

丸山さんは大学に進学した後もガイドを続けていくと話します。

丸山さん:「いろんな戦争遺跡を回っている人から小さい小学校とか中学校とか、そういう子どもたちもいっぱい来てくれるから、そういう人たちにちょっとでも興味を持ってもらえる、関心を抱いてもらえるように、これからも頑張りたいと思っています」

戦争体験を聞くたびにその時のことを思うと本当に心情を推し量るにあまりあるほどなのですが、そういった実体験を聞く機会は年々少なくなってきています。そんな中で丸山さんのように。そんな中でこう丸山さんのように若い世代が後世に語り継ぐ活動をしている、そういったことを我々もきちんと行っていかなくてはいけないですね。

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