非行少年などの立ち直りを支えている「保護司」 10年で1000人以上減少 実は無給の民間ボランティア
少年院から出院した人や刑務所から出所した人の立ち直りを地域で支えているのが「保護司」です。保護司とは、保護観察所の推薦を経て法務大臣から委嘱を受けた無給の民間ボランティアです。
資格や試験などはありませんが、非常勤の国家公務員となります。保護司は犯罪や非行をした人に対して、定期的に面接を行い、生活上の助言や就労の援助などをして再犯防止や社会復帰の手助けをしています。
しかし、保護司の数は、この10年で1000人以上減っていました。
「月に2回の面接など」現役の保護司に仕事内容を聞く
名古屋市西区で20年ほど保護司として活動している吉田沢惠さんです。吉田さんに、どんな人と関わってきたのか聞きました。
吉田沢惠さん:
「一番若いと15、16歳から最高60歳くらいまで」
具体的な活動内容についても話を聞きました。
吉田沢惠さん:
「月に2回ほど面接をしたりして、その人の家に行って周りの環境とか、家族の中の状態を一緒に見て話す。気をつけていることは彼らの秘密は絶対に守らないといけない。情報は他の人に絶対に漏らさない。どんな人たちでも普通の少年少女、男性、女性であるという気持ちはいつも思っている」
保護司のやりがいについても聞いてみました。
吉田沢惠さん:
「保護観察が終わった人とたまに会うことがある。吉田さん元気でいる?仕事はこんなことをしているよ、とか。結婚して子どもができたよとか。そういう話を聞くと元気でやってるなと。そういうのはうれしい」
保護司の現状に詳しい龍谷大学の浜井浩一教授は保護司減少の背景について話を聞きました。
保護司減少の背景3つのポイント
ーー龍谷大学の浜井浩一教授は、保護司減少の背景について3つのポイントを挙げてくださっています。まず1つ目が「働き方の変化」、そして「ボランティアの多様化」、最後に「滋賀県大津市の保護司殺害事件」の3点です。浜井教授に説明していただきます。まずはポイント1点目に挙げてくださいました「働き方の変化」について、詳しく教えていただけますか?
浜井浩一教授:
「保護司制度というのは戦後ですね、大きく発展してきた制度なんですが、まだ日本でボランティア活動があまり盛んでなかった時代にですね、官製のボランティアということで国がボランティア制度を作ったわけですが、その主力の人たちというのは主婦であったり、商店主の方であったり、あるいは学校の先生なんかで60歳で定年退職をして年金生活をしている人たち、ある意味ですね地域の中にいて比較的時間がこう自由があって、対象者のですね生活に合わせて本人たちと面接をできるような人たちというのが中心的な存在だったわけですけれども、日本全体で働き方が大きく変わってきて、定年の年齢もどんどん上がっていますし、あるいは主婦の方も仕事に出る、あるいは商店みたいのがどんどんなくなっていく、という形の中でその保護司になる、あるいは保護司をできるような人たちの土台っていうんですかね、人口構造そのものが大きく変わってきた、というところがあると思います」
ーー働き方、そして時代がこう変わってしまってというところもあるんですね。
浜井教授:
「そうですね」













