日本初の「全盲プロレスラー」 両目の失明、がんを乗り越え、諦めた夢に再挑戦「元気の輪を広げたい」

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全盲プロレスラーの大舘裕太(おおや・ゆうた)さん

「相手の体から伝わる熱量、呼吸の生暖かさ、熱感を頼りに戦っています」。何度倒れても、不屈の精神でリングに立ち続けるプロレスラー、大舘裕太さん(40)。日本で初めてとなる、全盲のプロレスラーだ。ロープやマットに打ち付ける足音、観客の声援、リング上での音や声を頼りにしながら、相手と対峙する。

一時は生きる目標を失いかけ、死を覚悟したと話す大舘さん。リング上で花開くまでの苦難の道のりを明かしてくれた。

【動画を見る】前人未到の挑戦を続ける、全盲プロレスラーの大舘裕太さん

リングのロープを伝ってコーナーを確認

ロープを伝って距離感を把握

大舘さんは、名古屋のプロレス団体「スポルティーバ・エンターテイメント」に所属している。2023年に入団し、現在は週1回、プロレス団体の大会に出場している。対戦するうえで欠かせないのが、リング上での距離感だ。歩幅で広さを把握し、ロープを伝ってコーナーを確認する。

小仲=ペールワン選手

先輩レスラーの小仲=ペールワン選手は、大舘さんのプロレスへの情熱に圧倒されていると話す。

「自分の悩みは本当に小さいものに思えて、コンプレックスがなくなりました。大舘さんが頑張っているなら、自分も頑張れるはずだって」

中学時代に見たプロレスの番組に衝撃を受けた

左目は放射線治療で失明を免れた

大舘さんは1984年の広島県福山市に生まれた。生後間もなく両目に小児がんが見つかり、右目を摘出。幸い、左目は放射線治療で失明を免れた。

残った左目を使いながら日常生活を送っていたが、学校では容姿を指摘されるなど、ひどいいじめにあったという。「強くなりたい」そんな気持ちが芽生えたときに勇気をもらったのが、中学2年生のときに見たプロレス番組だった。

プロレス番組との出合いが転機に

「夜中に見て衝撃を受けて。プロレスをやってみたいという思いが強くなりました」。中学校では柔道に心血を注いでいたが、柔道仲間の同級生がプロレス道場に通っていると聞いてさらに興味を持つように。高校時代からプロレスの世界に飛び込み、デビューを夢みて日々トレーニングを重ねた。

しかし17歳のとき、残る左目の症状が悪化して全盲に。志半ばで、プロレスのリングに立つ夢を諦めた。「この先どうやって生きていこうか」生きる目標を失いかけていたと当時を振り返る。

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