ロシアの侵攻から800日以上経つウクライナ 名古屋では避難民によるレストランがオープン
ウクライナ・ハルキウ州、ロシア国境近くの街では5月初めにロシアからの攻撃が始まり、戦闘が激化。
5月13日、この街に住む住民は、地元警察官や兵士の誘導を受けながら避難していました。
ロシア軍によるウクライナ侵攻から800日以上が経過。今でも、ウクライナ国民は、ロシアからの攻撃におびえながら暮らしています。
一方、日本の名古屋。ウクライナ語が飛び交うキッチンで料理をしていたのは、ウクライナ人のハラレウィチ・セリヒさんです。
15日、名古屋市にオープンしたウクライナ料理レストラン「ジート」では、ウクライナから避難してきた人たちが働いています。セリヒさんもロシアによるウクライナ侵攻を受けて日本へ避難してきた1人です。
ウクライナからの避難民 ハラレウィチ・セリヒさん:
「私の地元ではミサイルが飛んだり、爆発が起きたりしているので怖い。現地にいる家族はもう慣れてしまっている、それがすごく悲しい」
セリヒさんは、母国・ウクライナが平和になることを願いながら、異国の地・日本で働きます。
ハラレウィチ・セリヒさん:
「今はまだ店が始まったばかりで、スタッフのみんなも自分も不安。時間が経てば、きっと全部できるようになる」
日本赤十字社 中島久元理学療法士:
「遠い日本から少しでも支援ができればと思う」
名古屋市昭和区の日赤名古屋第二病院からは、戦争が続くウクライナを支援するため、理学療法士が現地に派遣されることになりました。派遣されるのは、中島久元さんです。17日から3か月の間、戦地で負傷した人のリハビリ支援などにあたります。
これまでにも3回、ウクライナで活動してきた中島さんに現地の状況を聞きました。
日本赤十字社 中島理学療法士:
「爆撃で足を切断しなければいけない人がいたり、そういう中で、そこで命が救われて終わりではなく、そこからまた生活に戻っていくためのプロセスとしてリハビリがとても重要になっている」
ただ、現地での活動は危険と隣り合わせです。
日本赤十字社 中島理学療法士:
「爆発音で目覚めることも何度かあった。市民も不安の中で生活していて、すごくつらい思いをしている。ただ、“私たちはもう一度笑顔になりたい”“日常を取り戻していく”という話が印象的だった。少しでも自分たちの思い描く日常生活を送れるような支援・リハビリを提供できたらと思っている」