【岡崎中継4日目】徳川家とゆかりの深い「大樹寺」 家康との深い関係を示す古文書も 宛名の高さに注目
愛知県岡崎市の岡崎城から北へ3キロほどのところにある大樹寺から中継です。
切腹を思いとどまらせた登誉上人の教え「厭離穢土 欣求浄土」
岡崎城から、3kmほど北に進んだ場所にある大樹寺からお伝えします。2階建ての立派な門を通り抜けると、大樹寺の本堂が見えてきます。迫力があって素敵です。
実はこちらの大樹寺、徳川家の菩提寺なんです。菩提寺というのは先祖代々の墓がある寺で、元々は徳川家の先祖・松平家の菩提寺だったんですが、そのまま徳川家にも受け継がれました。徳川家とゆかりのある寺なんですが、そんな中でも実は、徳川家康とこの大樹寺、深い関係にあります。
この関係について、僧侶の加藤英紀さんにお話を伺います。徳川家康と大樹寺の関係、一体どのようなものなのでしょうか。
大樹寺 僧侶 加藤英紀さん:
「家康公が19歳の時、桶狭間の戦いに敗れ、自分のふるさと、そしてご先祖様が建てた、大樹寺に10人ほどの味方の方を連れて、命からがら逃げ込んできます。しかし、敵方に探されてお寺の周りを囲まれて、家康公は『後がない』と思い、殺されるぐらいなら潔くご先祖様のお墓の前で切腹する覚悟をなさいます。その時に、大樹寺の住職に有名な言葉を授けられて切腹を思いとどまり、そしてその後の道が開けていったという有名な話があります」
その住職の方にまさに命を救われたということになりますよね。その住職の方のお名前は?
大樹寺 僧侶 加藤さん:
「13代住職、登誉上人と言います」
登誉上人の像も本堂の中に飾られています。穏やかな表情をされていますね。この登誉上人はどうやって家康を思いとどまらせたのでしょうか?
大樹寺 僧侶 加藤さん:
「有名な仏教の言葉で『厭離穢土 欣求浄土』という8文字の言葉があります。厭離穢土、穢れた戦国のような世を厭い離れて、そして欣求浄土、浄土を喜び求めると。この言葉を死のうとする家康公に語り、何のために今まで戦ってきたのかと問い、そしてこれからは戦国の世を終わらせて浄土のように平和な世を築くためにその命を使いなさいと。家康公にそのように諭し、励ましたのです。そして、その言葉を家康公は大変感激して、座右の銘、旗印にその後使っていって道が開けて、本当にその言葉を実現したという話があります」
もしかしたらその言葉がなかったら、歴史は変わっていたかもしれない……?
大樹寺 僧侶 加藤さん:
「そういうことになりますね」
















