パラリンピックは叶わずも”障害者卓球を広めたい” 足に障害のある愛知の男性の挑戦

地域 スポーツ総合 友だち追加

障害者卓球の選手として2000年のシドニーパラリンピックを目指した男性が愛知県にいます。現在も競技を続けながら、その魅力を広めようと奮闘する姿を取材しました。

大会参加者の声

名古屋市でアマチュアの卓球大会「第25回愛知ふれあい卓球大会」が開かれていました。子どもから大人までおよそ250人が参加し、そのうち3分の1が、体に障害のある人や、知的障害のある人でした。ただ、この大会では障害があっても、健常者とほぼ同じルールで戦います。

参加者の声:
「いろんな人がいて、いろんなボールが打てるので、楽しんでいます」
「新しい出会いもあっていい大会です」

渡邉紳一郎さん

この大会の実行委員長を務めたのは渡邉紳一郎(わたなべ・しんいちろう)さんです。

渡邉さん:
「卓球は障害があっても、子どもからお年寄りまで楽しめるスポーツ。卓球を広めていきたいと思って、この大会をやるようにしました。」

障害を乗り越え、運命の「卓球」との出会い

卓球について語る渡辺さん

1971年、福岡県大牟田市で生まれた渡邉さんは、生後1歳か2歳のころ、予防接種の注射を足に打たれたことが原因で、膝が十分に曲がらなくなる「大腿四頭筋短縮症」という障害を負いました。トイレや階段の昇り降りが過酷な日々を送っていた中、転機が訪れたのは小学4年生の頃、足の治療のために入院した際のことです。

渡邉さん:
「病院の学校の授業で卓球があって、卓球って面白い。僕やれるんじゃないか」

足は完治しませんでしたが、障害があってもできる卓球の魅力にのめり込んでいった渡邉さん。学校のクラブ活動に加え、大人の卓球チームにも入り、卓球漬けの日々を過ごしました。めきめきと実力をつけ、中学2年生の時には健常者も参加する市内の大会で優勝を飾ったこともあります。

高校を卒業し、愛知県で就職した後も社会人チームで卓球を続け、自費で海外の大会にも出場して戦績を重ねました。2000年の「シドニーパラリンピック」の代表選手を目指していましたが、代表選考から落選することに。

渡邉さん:
「僕じゃメダル取れる率は低いということで、ぎりぎりのラインで(落選した)。もう次は行けないなと。お金が続かない。諦めました」

おすすめの記事

おすすめの記事

アクセスランキング

アクセスランキング

ページトップへページトップへ